引き継ぎできない人がいる前提で仕事を回す方法
何が起きているのか
業務の引き継ぎがうまくいかない、という相談は珍しくありません。そして多くの場合、話は「引き継ぎできない人がいる」という個人の問題として語られます。あの人は説明が下手だ、資料を書かない、聞いても「見てれば分かる」と言う。
ですが、引き継ぎがうまくいかない仕事には共通した特徴があります。手順が細かすぎて、言葉にすると割に合わないのです。
たとえば、毎週のイベント情報を社内ポータルとSNSに載せる作業を思い浮かべてください。担当者の頭の中では一続きの動作でも、文章にすると次のようになります。
- 共有フォルダの申込一覧を開き、今週分だけを抜き出す
- 日付の表記を「8/20(水)」の形に直す(元データは表記がばらばら)
- 中止になった回は行ごと消す(備考欄に「中止」と書いてあることもあれば、取り消し線だけのこともある)
- ポータルの投稿画面に貼り、プレビューで改行位置を直す
- 同じ内容を短くしてSNSに投稿する
これを引き継ぎ資料に書き起こそうとすると、例外の説明が本文より長くなります。書いた本人でさえ読み返さない資料ができ、結局「隣に座って一回やってみる」に戻ります。担当者が説明を怠っているのではなく、言葉で渡すのに向いていない作業を、言葉で渡そうとしているのが実態です。
もうひとつ、最近特有の事情があります。企業システムへのAI導入によって、これまで「あの人しかできない」とされていた作業の一部が、誰でも同じ結果を出せるものに変わりつつあります。技術者間のスキル差が縮み、効率化が進むこと自体に不満が出る、という話も聞きます。この不満は感情の問題として片付けられがちですが、中身を見ると「自分が手間をかけて覚えたことの扱いが決まっていない」という、扱いの問題であることが多いです。ここを設計しないまま自動化だけ進めると、協力が得られません。
「めんどくさい仕事」から手順をコードに移す
引き継ぎ資料を書き直すより先にやるべきことがあります。手順そのものを、動くものに置き換えることです。
コードになった手順には、資料にない性質があります。書いてあることが必ず実行され、書き忘れがあればその場でエラーになります。読む人の解釈が入らないので、「見てれば分かる」が不要になります。
対象の選び方は単純です。世の中の「めんどくさい仕事ランキング」に出てくるような、同じ操作の繰り返し・転記・書式直しから選びます。判断が要る仕事は後回しでかまいません。先ほどのイベント情報の例なら、日付の書式直しと本文の組み立てが最初の候補です。「中止かどうかの判断」は人が残しておき、判断の結果だけを入力にします。
自動化ツールの作り方は、対象に合わせて選びます。以下は Windows で追加費用なく使えるものを中心にした一覧です。
Excel のマクロ(VBA)
元データがExcelで、出力もExcelや貼り付け用テキストで済む場合は、これがいちばん近道です。すでにインストールされていて、開発タブから記録もできます。
弱点は、ファイルを開いている人がいると動かないこと、そしてマクロ付きファイルがメールで飛び回って版が増えることです。マクロは「今の担当者が楽になる道具」として優秀ですが、置き場所を決めないと属人化がファイル単位に移るだけになります。共有フォルダに1つだけ置き、そこから起動する運用にしてください。
Power Automate / タスクスケジューラ
Windows に標準で入っている、または追加費用なく使える範囲で「決まった時刻に決まった処理を動かす」役に立ちます。毎週月曜9時に処理を走らせる、フォルダにファイルが置かれたら動かす、といった引き金の部分を担当させます。処理の中身はマクロやスクリプトに任せ、「いつ動かすか」だけを分離するのが管理しやすい形です。
Python
転記元が複数ある、CSVとWebの両方を触る、文字列の整形が細かい、といった場合はPythonが向きます。無料で導入でき、標準ライブラリだけでもCSVとテキスト処理はできます。イベント情報の投稿のように「読む」「整える」「投稿する」が分かれている作業は、Pythonの方が後から直しやすいです。
実行ログを必ず出す
どのツールを選んでも、これだけは共通で入れてください。処理のたびに、日時・処理した件数・結果を1行テキストで追記します。
2026-08-18 09:00 event-post 12件 OK
2026-08-18 09:00 event-post 0件 NG 申込一覧が開けません
このログが、引き継ぎ資料の代わりになります。うまくいっている状態が記録として残り、次の担当者は「先週は12件で通っていた」を起点に調べられます。何も残っていない状態で「たまに失敗するらしい」と伝えられるのとは、まるで違います。
人に残す部分をはっきりさせる
自動化しても、引き継ぎがゼロになるわけではありません。残るのは次の3つです。
- 判断の基準 — どういう場合に中止扱いにするか、迷ったら誰に聞くか
- 例外が出たときの止め方 — 数字が明らかに変なとき、投稿を止めて手作業に戻す手順
- 直し方の入口 — コードのどこを見れば投稿の文面を変えられるか
この3つだけを書いた紙が、以前の分厚い手順書より役に立ちます。細かい操作はコードが持っているので、人が持つのは「どういう意図でそうしているか」に絞れます。
そしてAI導入やツール化を進めるときは、元の担当者にその仕事の設計側を任せてください。判断基準を決めるのは、その作業をいちばんよく知っている人です。手を動かす部分が機械に移っても、基準を決める役は残ります。役割が残っていれば、効率化への不満はかなり減ります。「あなたの仕事を機械に置き換える」ではなく「あなたの判断を残して、手だけ機械にやらせる」と伝わるかどうかで、協力の得られ方が変わります。
まず何から手をつけるか
今週できることから並べます。
- 引き継ぎが止まっている仕事を1つ選ぶ。いちばん複雑なものではなく、繰り返しが多くて判断の少ないものを選んでください。
- 担当者の隣で1回だけ通してもらい、画面の操作を全部書き出す。資料にするためではなく、どこが定型でどこが判断かを分けるためです。この時点で「意外と決まったことしかしていない」部分が見えます。
- 定型の部分だけを、いま手元にあるツールで置き換える。元データがExcelならマクロ、複数の場所を触るならPython。まずは半分でかまいません。全部やろうとすると、例外の処理で止まります。
- 実行ログを出す。1行でいいので、日時と件数と結果を残します。
- 判断の基準・止め方・直し方の入口の3点だけを書く。ここまでで、引き継ぎの中身が「手順の暗記」から「基準の共有」に変わります。
私が同じ状況に入るときも、順番は変えません。資料を作り直すことから始めず、まず1回通しを見せてもらい、定型と判断を線で分けます。そのうえで定型側を最小限のコードにして、ログを出します。ここまでやってから、残った判断の部分を人と話して決めます。逆にすると、決まっていない判断を資料に書こうとして手が止まります。
引き継ぎができないのは、多くの場合、人の能力ではなく渡し方の問題です。言葉で渡しにくいものは、動くものにして渡してください。
この記事のもとにした声
公開されている場で実際に語られていた困りごとを出発点にしています。